川島幸雄の生き生き60代

60代の方々に少しでも潤いを提供したいと思います。私の趣味のウォーキング、小旅行、音楽、映画、読書を通して。

「頑張ったけど駄目だった」と自分から言うのはやめよう。

一生懸命やった事が上手くいったり、目標を達成できたら、みな「努力が実った」「努力の結果だ」と思っても口には出さない。たいてい謙遜する。

でも失敗したり、勝負に負けたりしたら、「努力はしました」と言うのはよそう。

そういうときに「努力したけどだめだったね。」というのは他人がみて言ってくれることで、なぐさめになる。

しかし、自分で言ってみるとあまり意味はない。

努力することが目標ではないからだ。

目標は達成しなければ目標ではない。未達成に終わったのは目標ではない。

未達成で終わったときは、目標は取り消そう。

達成してこそ目標だったのだ。

そして努力は目標を達成するために行うもので、達成できなかったら目標も消え去るように、努力も消え去る。

逆に言えば目標を達成してこそ、努力が残る。実った努力だけが残る。

でも結果がだめなら、なにも意味がなかったと考えることはない。

人生に無駄はない。

無駄という言葉があるだけで、無駄という行為はない。

結果として生きてこない行為はすべて無駄という考えが横行しているが、そうではない。

繰り返すが人生に無駄な行為はない。有益でないものが無益とも限らない。

すべて自分がどう思うかだ。

もう一度繰り返す。意義があったのか、無駄だったのかは、そういう行為があるわけではない。

そういう感じ方があるだけだ。