川島幸雄の生き生き60代

60代の方々に少しでも潤いを提供したいと思います。私の趣味のウォーキング、小旅行、音楽、映画、読書を通して。

自分の辞書から不幸、不運、不満という文字をなくそう。

川北義則さんの新刊「人生はすべて「逆」を行け。という本を読みました。

川北さんの本はとても好きで、数冊読ませていただき、どれもとても楽しく読ませてもらっていますが、この本は私の中ではピカ一ですね。

中でも「不運は幸運の始まり」とか「おみくじで大凶を引いたら喜びなさい。」という視点はなるほどなと思います。

大吉は今が絶頂期で後は下って行くだけだが、大凶はこれから上り調子になるだけだからとのこと。

なるほど、おみくじっていうのは将来を表しているのではなく、今現在のことを指摘しているのだとすればこういうことなのです。

私は以前、二人のガールフレンドと同じような別れ方をしたことがあります。それはなんとおみくじを引いた後でした。

忘れもしません、二人とも私がおみくじで「大凶」を引いた後です。

これは私が大凶を引いたという気分が別れを導いてしまったのかもしれませんが、今になって考えれば、あの時、いずれの彼女とも結ばれなくてよかった。今の家内は最高の伴侶ですから、あの時大凶を引いて二人の彼女と別れたのは、今の家内とめぐり合うためだったと言えるのです。

「不運は幸運の始まり」というのを私は実はすでに実践しています。

例えばよく運転をしていて、交差点の直前で赤信号に変わってしまうと「運が悪い」とか「ついていない」と思ったものでしたが、最近は自分で運が悪い、ついてない、と思ったときこそ、実は後に運がいいことが待っているんだと思うようにしています。

事実、赤信号で止まったあと、いつも混雑しているショッピングセンターの駐車場に行ったら、入口に近いところから車が出てきて、すぐに停めることができた時などは「運がいい」「ついてる」と思えますよね。

これはある時点で「ついてない」と思ったことが、実は「つき」を呼んでいた、と考えられます。

そう考えた方が楽しいです。

ついてない、不運だ、とか考えていると気持ちがどんどん暗くなっていってそのあとも決していいことは起きないでしょう。

運の神様は、「運がいい、ついてる」と思う人に味方してくれるようです。

だから不運ということはないんです。それは幸運の前ぶれなのです。

また不満というのは満足しない、ということですが、不満ばかりつのらせていたら、満足の神様を怒らせてしまい、きっといつまでも満足はやってきません。それより与えられたもので満足することが次の満足につながります。

ここでも不満という気持ちを持ち続けると、次の満足感を得るまで奪い続けることになってしまい、それは敵を作ったり、あなたを孤独に追いやったりという事態を招いてしまうことが多いのではないでしょうか。

自分は不幸だと思うのも、不満に似ています。

「足るを知る」といいます。私はこの言葉が大好きです。

妥協することとは違います。

あきらめとも違います。

でも他人のものを奪ったり、自分だけが得をしてまで、満足を求めてもおそらく永遠に満足感には到達しないでしょう。なぜなら今の自分の環境を受け入れ、感謝し、満足できない人が、将来のある時点で満足することなどできはしないでしょう。